呼吸器疾患の方が海外旅行をする際の注意点


東京医科大学 渡航者医療センター教授 濱田篤郎

呼吸器の病気
旅行中の健康リスク
安心して旅行をするために
酸素吸入が必要な方の海外旅行について

近年は、呼吸器疾患にかかっている方が海外旅行をする機会も多くなりました。海外で美しい景色を眺めながら新鮮な空気を思いきり吸えば、こうした呼吸器疾患にもきっと良い効果があるはずです。その一方で、海外旅行が呼吸器疾患に悪い影響を与えるケースもみられています。そこで本項では、呼吸器疾患をお持ちの方が海外旅行をする際の注意点について解説いたします。

呼吸器の病気

カゼや鼻炎も広い意味では呼吸器の病気になりますが、ここでは気管支喘息や肺気腫など慢性の呼吸器疾患を対象とします。気管支喘息とは、アレルゲン(ダニやハウスダストなど)を吸引することで、気管支の収縮をおこす病気です。アレルゲンを吸い込まなければ、日常の生活を送ることができます。肺気腫や慢性気管支炎は長年の喫煙や大気汚染などによりおこる病気で、咳、痰、息切れなどの症状が平素からみられます。重症なケースでは在宅酸素療法が必要になることもあります。

旅行中の健康リスク

海外旅行ではまず航空機を利用しますが、機内の環境が呼吸器疾患に影響を与えることがあります。機内の空気中の酸素濃度は平地の8割ほどで、大変に乾燥しています。肺気腫などでもともと酸素が欠乏している方は、このような環境下、さらに酸素欠乏に陥ってしまう可能性があります。また乾燥により気道が過敏となり、気管支喘息の発作を誘発するケースもみられます。 現地に到着してからは、時差や気候の変化により疲労がたまりやすいものです。呼吸器疾患をお持ちの方はとくに注意が必要で、無理な日程で行動をすると、蓄積した疲労から病気の悪化を招きます。
 呼吸器疾患の方は、旅先でカゼをひかないよう十分に注意してください。カゼは気管支喘息の発作を誘発しますし、肺気腫や慢性気管支炎を急速に悪化させることがあります。海外のホテルでは空調が過剰になっていることが多く、室内はカラカラに乾燥しています。これは最もカゼをひきやすい環境と言ってもいいでしょう。

安心して旅行をするために

A.主治医への相談

海外旅行の計画がもちあがったら、まずは主治医の先生にご相談ください。現在の症状が安定していれば、きっと許可がでるはずです。さらに主治医に英文の診断書を作成してもらうと安心です。これには病名と服用中の薬剤名を記載してもらいましょう。

B.航空会社への問い合わせ

航空機搭乗にあたって心配な点は、航空会社に問い合わせましょう。各会社には、病気をお持ちの方が航空機を利用する際の相談窓口が設けられています。とくに在宅酸素療法をされている方については、事前に航空会社に申請しておくようにしてください。

C.機内での過ごし方

機内ではできるだけ安静にして、水分を多めに飲むようにしてください。もともと酸素が欠乏している人は、酸素吸入のサービスを受けることもできます。また服用中の薬や発作止めは、必ず手荷物の中に入れておきましょう。

D.旅行中の注意

現地に到着したら、その土地の気候にあわせた服装をこころがけてください。また、到着直後は時差の影響があるので、なるたけホテルで休養するようにしましょう。旅行中の日程も無理のない計画にし、もし疲れたと感じたら休養できるようにしておくと安心です。あわせて、万が一の事態に備え、旅先で受診できる病院を調べておくようにしましょう。
 旅先でのカゼの予防には、ウガイや手洗いの励行が基本です。またホテルの空調は適宜調整し、室内が乾燥しないようにしてください。使い慣れたカゼ薬を日本から持参することもお薦めしています。

E.旅行中の服薬

定期的に薬を服用中の方は、旅行中も忘れずに服用してください。時差により飲む時間が分からなくなってしまう方もいますが、朝食後に服用する薬は24時間毎、朝晩に服用する薬は12時間毎と、時間で区切り服用するようにしましょう。

F.推奨予防接種

呼吸器疾患をお持ちの方にお薦めする予防接種はインフルエンザワクチンです。インフルエンザは北半球で12月〜3月、南半球で6月〜9月に流行します。この時期に旅行される方は出発前に接種を受けておきましょう。

酸素吸入が必要な方の海外旅行について

海外医療支援協会理事長 千葉大学名誉教授 高林克日己

A.ヨーロッパまで酸素吸入療法で行くには

酸素吸入が必要な人にとって日本国内での旅行はそれほど問題はありませんが、これが海外、特に欧州ということになると、数段敷居が高くなります。アジアやハワイであれば、団体旅行で酸素吸入療法をしている方へのツアーもありますが、ヨーロッパというと皆無なのは酸素手配が困難であるからです。もちろん酸素吸入装置がないわけではなく、医療システムが異なり、また非常に高価であるからです。一方で酸素濃縮器の進歩は著しく、これを携帯することが許されることで近い将来これらの問題が解決されることも期待されますが、現時点では様々な問題が存在します。

まずどの程度の酸素を必要とするのかによって、難易度が異なります。 自分の酸素需要度の程度を理解したうえで、どの方法をとるかを考えます。 安静時で1L/分以下、労作時で3L/分以下くらいまでがまず旅行に行ける目安かと思われます。

ここで考えることは
1 往復の航空機内の酸素の供給をどうするか
2 現地で必要な酸素の供給をどうするか です。これらについてはこれが使えればよいという簡単に考えてははいけません。航空会社の規約、各国の医療事情などに左右されてしまうからです。航空会社のレンタルボンベは高価であり、往復するだけで10万近くかかることもありますが(後述)、安全策としてとりあえず利用したほうが賢明です。これは航空券購入時に連絡しておく必要があります。予約しても使わなければそのまま返してコストがかからないとすれば、バックアップとして頼んでおくという方法あるかと思います。(開封したかどうかわかる仕掛けになっています)。また日本の航空会社の方が安くて利便性も高いです。

基本は自分で全て調達できるようにすることだと考えます。海外の会社などに酸素ボンベや濃縮器を頼るのは危険です。いかなる理由であれ、先方が供給できない時には解決方法がなくなってしまいます。 次に必ず2段、3段の安全サポート体制を作っておくことです。

酸素濃縮器は最近長時間使用できるものも出てきました。航空機内は航空会社のレンタル酸素ボンベ、現地は長時間携帯用の濃縮器を使い、予備としてのボンベを持っていくのが現時点の安全な方法かと考えます。多くは車の移動なのでシガレットプラグで接続すれば長時間使用できます。

以下2017年にルフトハンザを利用したドイツ、オーストリア、イタリアツアーについて、酸素吸入のための経験談を載せておきます。                

B.酸素吸入が必要な方の海外(欧州)旅行体験記

高林ツアーは膠原病・リウマチの患者さんたちを欧州に連れていくことを目的として私が千葉大の講師時代の1994年から行っている患者さんのためのツアーである。今回の第21回高林ツアーでは在宅酸素療法を行っている患者さんが希望されたため、彼の希望を叶えるべくこれに応えることにしたが、そこでは予想以上に乗り越えなければならない数々のハードル、困難があった。酸素吸入を必要としながら海外旅行を希望する方たちは他にもおられるであろうことから、ここに実際のツアーの準備や現地での体験を述べることで参考にしていただければ幸いである。

欧州旅行に参加するためにどれほどのことが必要なのか?

我々の今度のツアーは、
9月19日 羽田 ? ミュンヘン オクトーバフェスト見学 ミュンヘン泊
  20日 ミュンヘン BMW博物館? キームゼー城 ?ザルツブルグ泊
  21日 ザルツブルグ 市内見学 ミラベル庭園 ? アウグスチーナビール
  22日 ザルツブルグ ? バードイシェル ? ハルシュタット ? ゴーサウ湖
  23日 ザルツブルグ ? グロースグロックナー ? コルチナダンペッソ
  24日 コルチナダンペッソ ? トリシーメ山 ? ミズリーナ湖
  25日 コルチナダンペッソ ? ベネチア
  26日 ベネチア 市内見学
  27日 ベネチア ? フランクフルト
   28日 ? 羽田
である。8泊9日のツアーで距離的な動きは300Kmに満たないが、アルプスを縦断するツアーなので最高で2600mの高地まで登ることになる。ミュンヘンからベネチアまでの移動は全てバスである。 患者さんは間質性肺炎で現在は寛解期にあるが、通常で0.5L/分、歩行時は2L/分を必要とする方であった。

出発前の準備
海外医療支援協会では透析患者の海外での透析については過去10年間にのべ100名以上の申し込みのお手伝いをしてきたが、在宅酸素療法(HOT)の患者については経験がなかった。 透析患者では現地の施設での拘束時間がある以外は特に制約がないのと異なり、HOTの場合には待ったなしである。飛行機に乗っている間、空港内の移動の間、飛行機を降りて常に酸素が必要になる。こうした切れ目なしの対応を考えなければいけない。

1)日常の酸素需要の正確な把握 今回の患者さんの場合は座して安静にしていれば、ルームエア(RA:通常の大気)で酸素吸入なしでもやっていける、ゆっくり歩行するのであれば50mくらい歩いても酸素飽和度(SAT)は90%前後という余裕はあったが、階段は数段上がるだけで酸素がなければ80%以下になり呼吸苦を招来することがわかっていた。また在宅での酸素飽和度を持続的に測定して、夜間睡眠時に酸素吸入がなくてもSATは90%以上が保たれているデータがとれた。出発前にはこれらの条件を正確に把握する必要がある。今回はこうした条件から安静時と運動時の酸素必要量を算出して準備することになった。

2)航空機内での酸素需要と供給体制 航空機内での酸素濃度は一定に保たれているというものの、空港では大気圧、離陸後巡航高度まで上がるまでにその高度の気圧よりも高めに機内の気圧を調節するが、それでも大体800hPa前後まで低下する。この気圧になると健常人でもSATは90%前後まで低下している。それではもともとSATの低い人が大気圧時に比べてどれくらいの低下になるかの具体的データはないが、酸素飽和度の曲線に従えば健常人以上のSATの低下が予測され、通常以上の酸素吸入が必要になる。欧州旅行においては通常片道12時間前後がかかるので、この間の酸素を自分の酸素ボンベで賄おうとすると優にボンベ1本消費することになると考えたほうが良い。 今回利用したのはルフトハンザのエコノミークラスであるが、そもそも酸素ボンベの持ち込みについては1か月くらい前までに申請をしなければならず、また複数の人間がボンベをもって同乗する場合は携帯ができないとのことだった (1機体での持ち込み量が決まっている、もちろんリスク管理という点での規制であろう)。また機内に酸素濃縮器を携帯して使うことについてはできないことはないが、そのスペースに隣席を使うとなると2倍の旅費がかかることになる。また酸素濃縮器は随分と小さくなっているが、バッテリーの関係からも12時間連続稼働することは難しい(大量のバッテリーを持ち込むことが許されるとは思えない)。また酸素濃度、流量もかなり高くなることを考えると酸素濃縮器の機内での利用は現実的でない。さらに受託荷物としてカウンターで酸素濃縮器を預けることができない(リチウム電池)という規制がある。 また航空会社によっては酸素ボンベを機内に持ち込めないものもある。今回ははじめベネチアからミュンヘンにドロミテ航空で移動するはずであった。このドロミテ航空はルフトハンザの子会社で、当然酸素ボンベの携帯も許可されると考えていたが、ここでは受け入れてもらえず、仕方なくツアーのコースを旅行社にお願いして、ベネチアからフランクフルト経由での帰国に急遽変えてもらうことになった(全員分を変えるのでかなり無理な注文を直前にお願いすることになった)。 そして航空機内の酸素については日本の航空会社は片道1-2万円と聞いていたが、ルフトハンザの場合は?距離路線で300ユーロx往復、欧州内路線で150ユーロということで、今回は300+150+300=750ユーロの支払いが必要であることがわかった。すなわち酸素ボンベのレンタルだけで欧州との単純な往復には8万円前後が必要になる。 今回現地で利用しようとしている酸素ボンベはエアウォーター社SPフロー(Lサイズボンベ:直径10CM、高さ49CM、重量3K)で、これについては持ち込みに問題はなかった(サイズと重量の制限ぎりぎり)が、2本までしか許可が出なかった。当初エアウォーター社の見積もりでは今回欧州滞在中の酸素必要量から4本と算出していたのでこれは大きな誤算となった。

3)現地での酸素需要と供給体制 日本国内ではそれぞれの酸素供給会社のネットワークができていて、ほとんど自分の家でHOTを受けているときと同様に、旅行先でも酸素の補給を受けることができる。もちろん家庭用の酸素濃縮器がホテルにあてがわれるわけではないが、酸素ボンベやキャリー用の酸素濃縮器を用いて旅行を楽しむことができる。アジアのツアー旅行も日本の航空会社でかつ期間も数日であるとなると、十分量の酸素ボンベを運ぶことができ、実際に多くの人がアジアの海外旅行に参加している。米国は以前から旅行者用の酸素供給システムができており、費用はかかるが前もって契約しておけば空港に着いた機内から安心して利用できる体制がある。 一方欧州は飛行距離の問題とともに、滞在期間が長く、より大量の酸素ボンベが必要であり、国際規格で必ずしも利用できないものもある。また米国のような供給会社は英国などに限られており、これをドイツ、フランス、イタリア、スペインなど欧州各地で利用することは可能であるが費用はかなりかかると予測される。またどの町にも支店があるわけではなく、おそらくDHLなどの宅配便などで運ばれることになる。また当然最低英語で話し合う能力が要求される。したがってこれらのことを個人で手配するのは難しく、また万一トラブルがあったときの担保がとれない不安がある。

4)今回の酸素供給の準備 今回患者が用いる酸素ボンベは航空会社から認可されたエア.ウォーター社製SPフロー2本だけで賄わなければならなくなった(JAL,ANAも持ち込みは2本まで、受託荷物にはできません)。しかし睡眠時とホテルの安静時は酸素吸入なし、活動時は2L/分で活動時間は一日4時間と計算し、酸素吸入は酸素節約装置SPサーブII   を用いることで従来の約3倍使えるとすれば、2本でも十分賄える計算となり、このことを普段受診している呼吸器内科の主治医とエア.ウォータ社との話し合いで確認したうえで出発することとなった。それでも万一の場合のバックアップを想定して、ドイツの友人に依頼して、酸素濃縮器を購入してもらい、現地ミュンヘンで待機してもらった。これは市販されているもので、数万円で購入できるものであった。日本から英国の旅行酸素供給会社に連絡していたが、具体的な話ができないまま連絡がつかなくなった。 因みに日本でも酸素濃縮器を購入することは可能である。しかし大体10万円前後していて、保険医療に慣れた日本の患者には高額で受け入れ難いのと、その安全性に対する信頼度も十分とは言えない。また今回は安静時の状態で移動ができるように、彼用の車いすを一台用意した。

5)航空機内のレンタル酸素の使い方(図1−図7 リンク) 同じルフトハンザの航空機に乗ってもレンタルの酸素ボンベがどこにあるかは毎回異なっていた。これは機体の問題というより、航空会社の取り扱いが一貫していないように思われた。座席下に置いてあったり、上のトランクルームに入っていたり、アテンダントに伝えないと持ってこないこともあった。離陸したのちにないことがわかったらどういうことになるのだろうかと不安であった。 操作法についても難しくはないがすべては英語で書いてあるからこれを理解する語学力は必要である。特にバッテリーがはじめはつながっておらず、コードを引くことで(図参照) 初めて電源がはいるのを知らないと、故障しているのかとパニックになる。 またここで書いてある酸素量は、必ずしもL/分ではないので、気を付けてMAXにしないで使わないと着陸前になくなってしまう。機内移動時に酸素ボンベを持っていくのは面倒であるが、通常以上に酸素濃度が低いことに気を付けなければならない。今回機体がエアバスでトイレが階段下にあり、戻ってくるときに階段を上がって完全な酸欠状態(SAT<70)に陥って一時的にせよ呼吸困難になってしまった。

6)滞在中の酸素供給 当初連日4時間の活動時間(その間は2L/分)を計算していた。このツアーは通常のツアーと異なり患者さんたちのツアーであって、そのくらいの活動時間と考えていたが、実際には活動時間はこれよりも長いものであり、また患者本人は旅行の感動からかわずか初日だけで約1本を使ってしまった!これではとても持たないので、それ以降は取り扱いを厳格にし、ドイツで購入した酸素濃縮器をバッテリーを充電してまずこれを優先して使うこと、車椅子をできるだけ利用することを指示した(図8)。しかし観光旅行においては、どこでも最終目的地では車椅子を降りて多少歩かなければならなかったり、坂も多く階段を上がることもしばしば起こることは覚悟しなければならない。特にトイレが地下にあるケースは多い。充電はバス内で常に行うことで、できる限り酸素濃縮器を利用することができた(図9)。ただこのマシンは安価ではあったが、それだけに実際に2L/分が確保されているのかの保証がなかった。パルスオキシメータは2台用意したが、二台のあいだでかなりSATの結果が異なり、どちらを信頼すべきか悩む場面もあった。 アルプスの峠の一つであるグロースグロックナー越えでは2600mまで上がり、バス内でも酸素濃縮器が活躍した(図10,11)。酸素濃縮器をもって展望レストランまで上がることができた。 途中寒さもあり、数名が発熱する事態に至り、この患者への感染は極めて危険なためできる限り他の旅行者からの感染を避けるようにマスクの励行などに心がけ、無事最後まで感染をしないで帰国することができた。 結果として最終的には約半分の酸素ボンベを残して帰国の途につくことができた。

7)今回の体験からの提言 結局自前で全てを準備していくのが最も安心度が高い。かつ十分な余裕とバックアップが必要である。酸素濃縮器は簡便で携帯が可能であり、トランクが23sで2個まで運べる時代、一台をトランク内(リチウム乾電池は手持ちで機内)とし、携帯用酸素ボンベ吸入器を持ち込んで、航空会社からはレンタルで機内分の酸素消費をこなすことにすれば、その人の酸素必要量によっても変わるが1週間のヨーロッパ旅行は十分可能であると考える。酸素濃縮器は現時点で機内持ち込み禁とする航空会社もあるが、今後の性能の向上と小型化、また航空会社の認識により持ち込みは緩和されることが期待される。ただ機内という閉鎖空間においては2重3重の安全策を立てる必要があるし、できれば医師の添乗が望ましい。

★リンク:航空機内レンタル酸素の使い方